心の触れ合い

利用者との心の触れ合い ここで再び、私はワイフの貰い物についても考えてしまう。 実は、派遣先の利用者の方々からの貰い物は厳禁とのこと。会社からは受け取ってはいけないと指導されているそうだ。それは基本的にはその通りであろう。しかし、私のような部外者の目からは、あまり野暮なことを言いなさんな、である。多くの利用者の ラ3 ガラスのホームヘルパー 台所事情を考えてみればいい。人に尽くしてそのお礼といって貰うのは、せんぺい一枚、みかん一個の類のことである。時に、先程のような利用者が趣味にしている手作り物の類もある。 l これらを果たして断わることができるのか。利用者の多くはお年寄りであり、彼らにとって、ヘルパ は子や孫のようなものかもしれない。断わることが気まずきを生み出すことさえあり得る。それが人と人の交わりという部分がある。 とすれば、断わることは逆に問題であるという考えだって成り立つだろう。 ありがとうだけでは終わらない 他人には僅かに思えるものであっても、介護ヘルパ と利用者の聞には、特別な心の 交流が生じる結果だと思われる。 ましてや、身体介護を通じての心の交流は次元が追うであろう。本当に身体が不自由  で困っている人にとっては、救ってくれた有難い「聖者」に対して手を合わせる、そんな心境なのではないだろうか。どちらが優れているという話ではない。この心の交流は、学校時代から続く親友に感 じる心情などとは明らかに次元が違うものだと察せられる。


出典元:介護職員初任者研修を最短取得

ワイフのスケジュール

それでも、ワイフのスケジュール帳には、徐々に介護ヘルパ!の派遣先が増えていった。訪問先からありがたがられたのであろうか。ケア会社から、もっと時間をとってほし うIガラスのホームヘルパー る。 いと要望されたのか。一方では、学校給食の調理員パ トにはある種の不条理さを感じ l ていたであろうから、こちらの分の比重は減っていった。 新たな充実感本人としては、派遣介護ヘルパ の仕事が、当初の予想に近いものであったと思われ l 人のために役に立っているHという満足感を味わえていた様子であった。 仏教でいう「大乗利他」を通してのご褒美、キリスト教の「愛の精神」からの贈り物 ということであろう。そうに披露してくれた。 その頃、帰宅後や休日での会話において、新たな発見とでもいう、「出会い」を熔し A 「今日行った さんはお茶を飲みながら、いろいろ話をしてくれたの」 「相場さんがよくしてくれるからと、「貰い物だけど、食べてくれる』といって貰った お菓子なの」 休日に庭に出てみると、初めて目にする、手作りのまだ幼な木が植えられている盆栽 H が数鉢置かれていた。これはどうしたと聞くと、「介護に行った さんが、趣味で盆栽作りをしているんだけど、「持っていくか」と聞くので、貰ったの」 B 自慢げに、「いいでしょう」と続けた。 いつしかこの手作り盆栽がワイフの作った棚いっぱいになり、玄関先にも直接並ぶようになった。随分気に入られたものだと、感心した。

参考:

ホームヘルパー養成講座

そんな矢先に、新聞に折り込まれていた、市の「広報だより」の中に『介護ヘルパ 養成講座」の記事を目にしたのであった。 庁直接困っている人の役に立ちたい  資格があれば何かと役に立つ  との思いに加え て、抽選で当たれば、「講座は無料(参考資料の費用九000円は自己負担)」の文字に 素早く反応し、応募ハガキを投函したのである。 首尾よく二度目の抽選で選ばれたのであった。しかし、やはり気になる。もし選に漏れたら、どうするつもりであったのだろう。ま だ確かめてはいない。察するに、この介護の資格への決意は固かったと思っている。真 相究明はもう少し後の楽しみにしておこう。 介護へルパーがスケジュール入り ヘルパ 資格を取った後、半年位が過ぎ、新たな仕事への心の準備が整ったのか、介護ヘルパーとしての仕事がスケジュールに組み込まれ始めた。年初に思い立ち、応募して、講習や研修に参加してから半年以上経過した、その年の夏盛り頃のことであった。公的介護保険制度は、同じ年の四月からスタートした。ワイフからすれば、新たな取り組みであったため、友人からの情報も参考に、ケア会社を比較しながら、報酬や時間帯なとの雇用条件を慎重に確認していたのであろう。 結論を出すまでにはいつも時間をかけるのであるが、今回もそうであった。ちなみに 時給に関しては、一 000円を超すまでに増えはしたが、移動時間を加味すれば、決し て良くなったとはなかったようだ。


参考:

主婦達の役割

加えて、女性の権利主張が当然とされる現在、癒しゃ潤いを得るべき家庭、そしてそれを守る主婦逮の役割を軽んじる空気が作られようとしていると言ってよい。それをよしとする社会がこのまま続くのであれば、少子高齢化、人口減少時代が避けられない明日の日本は一体どうなるというのか。存続などし得ないはずだ。短絡的に外国人を入れればよいという話ではないだろう。 以上のように、この 専業主婦問題H はわが岡にとって実に深刻な課題として立ち塞 がっている。 私が軽々しく付けてしまった先の小題の裏には、ワイフに代表される多くの主婦迷の努力や苦労がぎっしり詰まっていることを忘れてはいけない、と心を新たにしたのである。 わが日本は、多くの主婦パ トや内職に精を出している彼女達によって、献身的に l (あえてそう呼びたいのだが)支えられていると言っても過言ではない。 介護保険導入がワイフのパ   変えた 再び話を小さな現実に戻そう。小学校での給食会計と代勤調理員のパ トを八年ほど続けた頃、ワイフ四三歳になら んとする頃、世間では、公的介護制度に関する論議が高まっていた。 マスコミを通じて、自治体はホ ムヘルパ を養成し、介護ニ  ガラスのホームヘルパー 「市のホ ムヘルパ 資格講座を受けてみようと思っているの」 環境整備が求められる、ということが知られるようになった。 ワイフの弁では、日頃の友人仲間違との会話において、介護ヘルパ が話題になって いたそうである。

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厚生年金と国民年金

そもそも、厚生年金と国民年金のコンセプトは基本から異なっているのであって、単なる不平等を是正せよという論法は乱暴なものである。年金制度は国家と個人の金銭的契約であって、局地的な議論で他人のいわば財産に口出しするようなものである。 わが国における税制論議は、日本人の「嫉妬心」を巧みに利用し、新たな課税の論理に結び付ける傾向がある。払わない層があったならば、なぜそちらを基準に「払うべきでない」、「減らすべき」と、なくす方向に論点を向けることをしないのだろうか。税金は少なければ少ないほどいい。自分には無関係と他人の「優遇」を声高に批判することは、財政当局の思惑通り 「平等論」を利用されるだけだ。現状のわが国の財政事情では減税など無理ではないか、という反論が発せられそうだ が、心根のあり方を問題にしているのである。専業主婦の役割を、社会はもっと大切に扱うべきではないか。子育てを優先するという、賃金カ プの断絶を覚悟までしての選択をしたのである。女性が女性としての大切な役割である子を生み育てるという、民族にとっても極めて 重要な事柄を成し遂げてくれた人々に対して、社会はもっと光を当てるべきである。決して彼女らに肩身の狭い思いをさせてはならない。 戦後の日本は経済を全てに優先してきた。経済至上主義にあまりに盲目的であった。その結果として、女性の社会進出の広まりに伴い、女性や主婦の価値が金銭で測られるという、穏やかでない風潮がこの国を支配しつつある。

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